わたしたちのからだを構成する細胞は、毎日細胞分裂を繰り返す中で、遺伝子に異常が起こり、がん細胞のもととなる異常細胞ができると言われています。これらの異常細胞は、わたしたちのからだに備わっている免疫機構によって、速やかに排除されます(腫瘍免疫と呼ばれています)。腫瘍免疫には多くの免疫細胞が関わっていますが、Tリンパ球はその中心としてがんの排除に関わっています。
この免疫機構が破綻し、異常細胞を排除することができなくなった場合、残った異常細胞ががん細胞として進展していきます。すなわち、がん細胞の形成も、一種の免疫機構の破綻ということができます。
CAR-T細胞療法は、がん細胞を排除する機能を失ってしまったTリンパ球に対して、遺伝子改変を加えることで、がん細胞を効率よく攻撃する機能を回復させる、新しいがん治療法です。
CAR-T細胞とは、免疫細胞であるTリンパ球に遺伝子改変を加えることによって、キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor; CAR)という人工タンパク質を発現させることで製造されます。CARタンパクを発現したT細胞は、がん組織を効率よく見つけ出し、従来のがん治療とは異なるしくみでがん細胞を強力に攻撃します。
通常は、患者さんより採血を行ってTリンパ球を取り出し、体外で遺伝子改変を行い、数日〜数週間かけて増殖させた後に、再び患者さんに投与して治療を行います。
2024年現在、血液腫瘍の一部であるB細胞性腫瘍に対して、CAR-T細胞療法が臨床応用されており、従来の治療では治ることができなかった患者さんに対しても、極めて高い治療効果が報告されています。 そこで、CAR-T細胞療法を、その他の血液がんや、固形がんに対しても利用できるように、多くの開発研究が行われてきました。しかしながら、従来のCAR-T細胞の開発内容をそのまま他のがんに応用しても、CAR-T細胞の効果が一時的で持続しなかったり、重篤な副作用が出現する可能性があったりすることが問題となることがわかってきました。未だ、B細胞性腫瘍以外の血液がんや固形がんに対しては、臨床応用可能なCAR-T細胞が開発されておりません。
昨今の研究成果により、CAR-T細胞療法の効果と密接に関わる特性が明らかになってきました。CAR-T細胞が持続的な薬効を発揮するためには、CAR-T細胞のなかに、「ステムセルメモリー様T細胞」という成分が含まれていることが重要であり、いかにメモリーT細胞を含むCAR-T細胞を製造することができるか、が現在のCAR-T細胞開発研究の大きなテーマとなっています。
現在、治療に用いられているCAR-T細胞製品のほとんどは、「ウイルスベクター」を用いてT細胞を遺伝子改変することにより製造されています。一方で、ウイルスベクターによるT細胞の遺伝子改変の過程の中で、T細胞が分化を起こし、メモリー機能を失っていることも明らかになってきました。
そこでわたしたちは、ウイルスベクターを用いず、PB法でT細胞を遺伝子改変することにより、従来問題となっていた、免疫疲弊による薬効の低下を起こしにくいCAR-T細胞を開発することに成功しました。 また、PB法で製造されたCAR-T細胞がメモリー機能を保持しやすい理由として、わたしたちが開発した技術を用いてCAR-T細胞を製造することで、CAR遺伝子がメモリーT細胞に優位に遺伝子導入されることを明らかにしています。
また、わたしたちが開発した細胞増幅技術と組み合わせることで、CAR遺伝子が導入されたメモリーT細胞が優位に増幅され、最終的に、分化が少なく、免疫疲弊の少ない、理想的なCAR-T細胞の製造が可能となりました。
現在ではほとんどのCAR-T細胞がウイルスベクターを用いて製造されておりますが、通常では、ウイルスベクターを用いて製造されたCAR-T細胞には、T細胞の可能な活性化による分化や免疫疲弊が見られることが問題となっていました。わたしたちの技術により、より質のよいCAR-T細胞を製造することで、 持続的な薬効を示すことができるCAR-T細胞を生み出すことが可能となります。 また、ウイルスベクターを用いないことで、製造コストを大幅に軽減することができ、製造工程をより簡略化することができるため、より患者さんに届けやすくなることが期待されています。
固形がんに対するCAR-T細胞両方の開発が望まれていますが、いまだ治療効果の高いCAR-T細胞製品は開発されておりません。その理由の一つとして、固形がんでは、CAR-T細胞の標的となるがん抗原の発現が均一ではなく、ひとつのがん抗原を狙うだけでは、すべてのがん細胞を駆逐することができない、という問題がありました。
われわれは、がん抗原に特異的に結合するCARタンパクを改変することで、がん抗原A、Bともに結合することが可能なCAR-T細胞を開発しています。
わたしたちが開発しているCAR-T細胞(AP8901)は、多くのがん細胞に発現しているがん抗原である、EPHB4、EPHA2を同時に認識することが可能であり、EPHB4を発現するがん細胞とEPHA2を発現するがん細胞をともに攻撃します。
複数のがん抗原を同時に認識することで、多様な細胞の集団であるがん組織を効率よく攻撃し、がんの再発を防ぐことが可能になっています。